こちらは2011年に行われた展覧会のページです。
2016年7月16日から、神戸ゆかりの美術館で開催される
「山本二三展リターンズ」については、下記のサイトをご覧ください。
http://www7.kobe-np.co.jp/blog/nizo-returns/
The World of Yamamoto Nizo
ブログ(新着)開催概要作品紹介グッズ紹介

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今回のチラシやポスターに使われている写真は、多くの人にとって見覚えのある風景になっているけれど、それを制作した人のことは、あまり知られていないのではないでしょうか。いよいよ開幕まで1週間。それまでにちょっと予習をしておきましょう。そう、「山本二三さんって、いったいどんな人」なのか。

 
作品を見たことはあるけれど、名前までは...。
アニメーション作品の背景画を担当する美術監督とは、
ある意味、究極の"裏方さん"かもしれません。
  
nizo110702-profile1.jpg 
 
その山本二三さんは、1953(昭和28)年6月27日生まれ。
ふるさとは、長崎県の五島市(旧福江市)です。
幼いころから絵をかくことが好きだった少年は、
中学校卒業後に故郷を離れ、昼間働きながら学校へ通って、
苦学して絵画やアニメーションを学んだのだそう。
 
専門学校を卒業後、背景を手がける制作会社へ就職しましたが、
「キツイうえに給料も安い」という理由で退職し、
知り合いの紹介で、アニメのキャラクターを、
おもちゃのパッケージや雑誌の挿し絵に描きおろす作業に従事。
その後、韓国での過酷な美術監督の経験を経て、
テレビアニメ「シートン動物記・くまの子ジャッキー」(1977)で、
美術助手として作品制作に携わることになります。
そして翌年、「未来少年コナン」で美術監督を務め、
山本さんの名は、一気に世の中に広まっていったのです。
 
nizo-konan.jpg
▲「未来少年コナン」 ギガントコントロ−ル
 
  
こうした自らの歩んだ道について、山本さんはかつて
「そのどれもが全て人の紹介から。
特にクオリティが高かったんじゃないんです。
高校、専門と夜学に通っていて昼間は肉体労働、
夜は夜学という毎日だったので体力はあった。
だから使ってもらえただけです」と語っています。
(『アニメーションノート』2007年第5号、誠文堂新光社)
 
新人時代に、さまざまな人が気にかけてくれ、
声をかけてくれたという事実が、才能はもちろん、
山本さんの人柄を物語っているように思うのです。
 

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