最初の任地は北海道室蘭市だった。赴任し一人暮らしを始めたとき、役所で転入手続きをし、電気・水道・ガス・電話などの開通開栓手続きを終え、最後に新聞の契約をした。
翌日の朝、まだ何もない家のポストに地元の北海道新聞が届く。天気予報はどの地区を見ればいいのか、テレビのチャンネルはどうなっているのか―など新鮮な驚きとともに、教員生活が始まった。やがて電話帳にも名前が載り、自分の人生が始まったことを新聞と電話帳から実感した。個人情報の保護など全く考えられていなかった36年前の話である。
日本新聞協会の「新聞の発行部数と世帯数の推移」によると、発行部数を世帯数で割った「1世帯当たりの部数」が、2000年は1.13で22年は0.53、約20年間で半分以下になっている。授業で「新聞を使いますので、持ってきてください」と生徒に声をかけても「新聞が家にないのですが」「ネットではだめですか」という声も多く、自宅に紙の新聞がないことを前提に「家にある新聞を持ってきてください。なければこちらで用意します」と言うようになった。
そんな実態を踏まえながらも、紙の新聞と出合い、新聞を通して人についてよく知ることで、地域や日本、世界、地球、さらには宇宙の現在・過去・未来について考えを深めてほしい。新聞が、よりよく生きるために他者の考えを聞き、自分の考えを深め表現するためのツールになれば、という思いでNIE活動に取り組んでいる。
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NIE授業は新聞を読むところから始まる。日本新聞協会の「新聞を活用した教育践データベース」をはじめ、兵庫県NIE推進協議会のNIE実践報告書などにも数多くの実例が紹介されている。
一歩進めて、生徒が自主的に新聞を活用するにはどうすればいいかと考え、学習支援アプリ(ロイロノートスクール)を用いて授業に新聞を取り入れるようにした。名づけて「週刊国語表現」。週一度、70~90本の新聞記事を各自のタブレットに配布し、漢字の小テストに利用するとともに、授業のたびに、記事から感じたことや気づいたことを提出させ、生徒同士で共有している。毎時間席替えを行い、パフォーマンス課題に取り組むにあたって、「小さな相談会」として3人1チームでプレゼンテーションし合い、他の生徒の視点や考え方に触れられるよう毎時間繰り返し行っている。
生徒は仲間の視点を知ることで触発され、「週刊国語表現」の読み方が深化し感想の字数が飛躍的に増えた。(資料1、2)
字数制限せずに考えたことをできるだけたくさん言語化することで、自身の考えを「見える化」できる。それは、さらにより多くの字数を書くことにつながり、内容の深化も図れているのではと思う。(資料3)
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日ごろ新聞を読んだことがない生徒にとっては、新聞はある意味「特別なもの」だが、日常的に大量の記事を目にすることで新聞に慣れ、仲間の異なる見方に気づくことで、自分の見方で読んでみようという気になるのではないか。
生徒からは「新聞を読むことで社会の出来事に関心を持つようになり、テレビのニュースもよくわかるようになった」「最近のニュースについて夕食時、親との会話が弾むようになった」という声も聞く。
これまでの取り組みを通し、生徒は新聞から得られる情報の多様性と信頼性、さらには新聞を読むことの面白さを知ることができたのではと思う。
今後もさまざまなパフォーマンス課題に取り組みたい。そのとき、新聞や書籍、雑誌、インターネットのサイトや交流サイト(SNS)など多様なメディアから必要な情報を選び、使いこなせるようになればいい。新聞を与えられて読むのではなく、現実を知り、解決策を考え深めるとき、「そうだ、新聞を読もう!」という思いになれば、と考えている。
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「新聞を読む」のが当たり前だったのは一昔前のことだ。だからこそ、改めて新聞に触れ、面白いと感じる体験を積むことが大切になる。その結果、社会や身の回りに起こっている出来事に疑問を持ち、もっとよくしていこうという姿勢が育まれるのではないか。新聞は、若い世代がよりよい未来を考える上で、身近で大切なツールだ。今後も生徒と新聞との出合いの場をつくっていきたい。
米田 俊彦(日本新聞協会NIEアドバイザー/愛徳学園中・高校教諭)(8月21日)
各地の教員研究組織