社説から学ぶ、説得力のある文章とは?
~「意見」に着目して、社説を要約しよう~
1. はじめに
聴覚に障害がある子どもは耳から入る情報が限られるため、言語力を高めるための支援が重要になる。近年は小論文やリポートなど、自分の意見を論理的に述べる力(論述力)がますます求められるようになり、より丁寧な指導が必要になってきた。
論述を苦手とする生徒の文章は、主張の羅列に終始したり、あるいは主張が見えなかったりして、事実と意見がバランスよく構成できていないことが多い。そういう生徒に、社説の要約を勧めてきた。
社説は、今、社会で生じている問題を解説し、意見を述べたものである。事実をもとに論述するという点で小論文と重なることが多い。視野を広げながら、論述力を高めるには、絶好の教材といえる。
一方、社説は難しいというイメージをもっている生徒もいる。実践にあたっては、生徒の興味・関心が強い記事を用い、論理構成をつかみやすくするために「意見」の部分にマーキングさせるなど留意した。
2. ねらい
・事実と意見を区別し、要約することができる。
・論理の構成や展開をとらえながら読み取る。
3. 実 践
(1) 対象 高等部の希望者
(2) 時間 休憩時間や家庭学習
(3) 方法
➀ 社説のタイトル一覧から、読みたい社説を3つ選ぶ。(※ワークシート1)
② 意見の部分に、蛍光ペンでマーキングする。(事実と意見を区別しながら読む)
③ 意見に注目して段落に分ける。1つの段落を1行で要約する。(要旨をつかむ)
④ 各段落の要約をもとに全体を150字程度で要約する。(俯瞰的にとらえる)
(4) 留意したこと
・生徒の興味・関心が高い記事を選ぶ。(アニメーション、オリンピックなど)
・事実と意見が区別しにくい文は、別の色でマーキングさせる。
・できれば漢字に振り仮名をつける。
4.結 果
(1) 事実と意見の区別について
事実と意見を明確に区別できない場合がある。たとえば、「~という指摘もある」という文は、指摘された事実を提示しつつ意見を示唆している可能性があるが、今回は、事実として扱った。その結果、実施した生徒が抽出した意見は、概ね一致した。
(2) 生徒の要約文
1行要約では、段落の中心文を抜き出す程度で良いと考えていたが、生徒は短い文章にするために言葉に選び変えたり、語順を入れ替えたりと工夫していた。全文の要約(150字)では、1行要約を柱にしつつ、何度も本文に立ち戻り、必要と思われる言葉を追加していた。
〈Aさんの事例〉
◇150字要約「京都アニメ放火/若者らの未来が奪われた」(神戸新聞,2019,7.20)
・どんな理由であれ、絶対に許せない暴力行為だ。
・「地方発」モデルを築いてきた人々の夢を壊した犯行である。
・ガソリンの購入時の規制策を検討する必要がある。
・必ず素晴らしい作品づくりができるように支えたい。
◇段落の要約「京都アニメ放火/若者らの未来が奪われた」(神戸新聞,2019,7.20)
若者らの未来が奪われた京都アニメ放火。夢を壊した犯行で、絶対に許せない暴力行為だ。ガソリンを悪用した犯罪は繰り返されてきた。凶器となる危険性を考えれば、購入時の規制策を検討する必要があるのではないか。平成以降、最悪の惨事の衝撃は世界にも広がった。素晴らしい作品作りができるよう、復活を支えていきたい。
冗長さはあるが、1つの提案を挟み、生徒なりに意見をよく表現できたように思う。なお、Aさんが選んだ社説は、「アニメ会社放火 夢描く若者の未来絶たれた」(新潟日報,2019.7.20)、「『京アニ』惨事 奪われた才能を悼む」(中日新聞,2019.7.20)、そして、「京都アニメ放火 若者らの未来が奪われた」(神戸新聞,2019.7.20)の3本であった。見出しに含まれた「夢」「才能」「未来」という言葉にひかれたという。
(3) 生徒たちの感想
生徒たちの感想は肯定的だった。感想は概ね次の5点であった。
・新聞社によって表現方法だけでなく、重視している論点が違うことがわかった。
・社説は事実を述べたうえで意見を短く述べているとわかった。
・語彙力が向上すると思った。
・考え方や意見を述べる力が鍛えられると思った。
・要約するのにすごく時間がかかったが、とても良い経験になった。
5.成果と課題
高校生の自律的な学習を促すには、「学びの面白さ」、「自分の力が向上した」、「自分の見方・考え方が広がった」、「人の役に立つ」などを実感することが重要だといわれる。今回の実践で、そういった感想が得られ、「社説に込められた力」を感じている。
この実践前に生徒B君が書いた自己アピール文は「やる気と主張」が熱くつづられた文章だった。実践後、彼は自主的にアピール文を書き直してきた。文章は、具体的事実が加わっていて、説得力が格段に高まっていた。客観的な事実を入れる大切さを理解したようだ。
社説には難しい表現(たとえば「憤りを禁じ得ない」など)がある。それが生徒のモチベーションを低下させないかと憂慮していたが、参加した生徒の多くは「語彙が増える」と肯定的に答えた。たいへんうれしいことだと思う。今回の実践を機に、自主的に生徒が毎日できる方法へとつなげたい。
6.おわりに
私自身も社説の読み比べを続けている。
過日、新型肺炎による「小・中学校の一斉休校」について、各紙が社説で取り上げ、多くが保護者や子どもへの影響を指摘した。一方で、各紙の特徴もうかがえた。
秋田魁新報は「新型肺炎、臨時休校 感染拡大防止へ正念場」(2020.2.28)と感染防止を呼びかけ、北國新聞は「臨時休校の波紋 全国一律の必要性あるか」(2020.2.29)は一律実施への疑問を表明し、神戸新聞は「政府の肺炎対応 丸投げの前に責務果たせ」(2020.2.29)と政策の進め方への疑問を投げかけた。後日、政府が具体的に動き始めた様子をみていると、社説を参考にしたのかと思えるほどである。まさに新聞の読み比べは、社会や政治への関心を高め、視野を広げ、自らの考えを深めるための教材だと思う。
斎藤 治(神戸聴覚特別支援学校教諭)(3月31日)